Presse Japonaise

2010年07月30日00時41分掲載

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パリの散歩道

世界最小のサーカス団を率いる幻灯師ベルゴン

村上良太

 

バンサン・ベルゴン␣Vincent V ergone␣は幻灯機を使った見世物で評判のパリの人気アーチスト だ。幻灯機とは、中心にランプがあり、絵を描いたガラス板をそ の前に置くと壁に絵が投射される仕掛けだ。単に一枚の絵だけで なく、絵を次々と投射すればアニメーションにもなる。幻灯機は 映画の原型なのだ。

 

ベルゴンは幻灯機を使って短編映画を撮影したり、自作のオブジ ェを影絵として動かすライブパフォーマンスを行ったりする。彼 は彫刻家でもあり、オブジェ自体を作る才能もあるのだ。ベルゴ ンの不思議なオブジェと光と影の世界は一度見るとやみつきにな る。

 

百聞は一見にしかず。時間があるなら、ぜひこの␣分弱の短編’Da ns la plaine les baladins’を見てほしい。ベルゴンが一人で作り出したサーカスで ある。

 

ブリキのおもちゃがサーカスの始まりを告げる太鼓を叩き出すと 、ベルゴンが口上を始める。

「よ␣こそお集まりの皆様。世界で一番小さなサーカスの幕開け です。まずはアシカのオルガです。」

 

ブリキのアシカがボールを鼻先で持ち上げながら、動き回る。 次はアジア象のバルトルディだ。象と言ってもベルゴンが薬罐を ひっくり返して作ったオブジェである。 「バルトルディ、数が数えられるかな、␣つまで␣」 すると象が␣回叫び声を上げる。さらに、彼の人形「妻」が出演 する虎の輪くぐりもある。

 

普段、彼はこ␣した見世物を町の小さなスペースを利用し、␣歳 くらいの子供とその親たちを集めて見せている。彼はこのプラキ シノスコープ␣Praxinoscope␣とい␣劇団の創設者だ。この劇団で は「文化を庭のよ␣に考える」。みんながやっている方法ではな く、忘れられたテクニックを蘇らせ、社会の周辺に生きる人々に 向けて␣␣年近く公演を行ってきたとい␣。文化は退屈しのぎでは なく、新しい生き方を拓くものであり、ともに文化を分かちあい たいのだと言␣。

 

次の短篇‘Promenade en Mirabilia’.はこの劇団が子ども向けに行った取り組みの記録であ る。テントのよ␣な小さな空間に幼い子供達を連れた母親たちが

集まってくる。ベルゴンは中国の人形を巧に動かし、子供たちの 関心を引く。 http://vimeo.com/7126912

 

これはテレビのよ␣なマスの文化ではない。ともに時間と空間を 共有し、楽しさを分かち合␣のである。様々な人種が文化を分か ち合␣理想もそこにある。こ␣した子どもを対象にした活動には ベルゴンの過去が関係していたことを知った。

「僕はとてもつらい子供時代を送りました。話せば長くなるので すが、いつも家から逃げ出したいとい␣強い願望を持っていまし た。ですから大人から虐待されている子どもを見るとシンパシー を感じてしま␣のです。僕自身␣␣歳の時、父親の元から逃げ出し ました。」

 

暗い少年時代を持つベルゴンは、その後、中国絵画を学ぼ␣とパ リの東洋語学校に入学した。しかし、中国語の勉強の途中で彫刻 に関心が移り、美術学校に転じた。卒業後、パリのギャラリーで 働くよ␣になったが、一部のエリートにしかわからない彫刻より 、もっと人々に寄り添ったことをやりたいと思␣よ␣になったと い␣。ベルゴンが新たに始めたのは人形劇だった。

 

こ␣したベルゴンの人生行路は後に彼の多様な表現力のもとにな ったのだろ␣。ちなみにベルゴンの妻は詩人のCamille Loivierである。彼女は中国語の専門家でもあり、翻訳も多数出し ている。また「␣いき␣の構造」を書いた哲学者・九鬼周造の研

究家でもある。彼は妻を通して垣間見た日本の美学に影響された とい␣。

 

最後にベルゴンが初期に作った短篇を紹介しよ␣。

「冬の光」とい␣␣␣分の作品である。これも幻灯機を使って撮影 された。

 

激しく吹雪く冬の夜、猫と鼠と犬がそれぞれ寒さに震え、空腹を 抱えながら原野をさまよっている。まず猫が␣軒の家を見つけた 。誰もいないらしい。入ってみると、暖炉の火が燃え、食卓には 夕食が皿に乗っていた。猫は誰もいないので思わず食べて、ベッ ドに入った。次にやってきた鼠も食卓のチーズを食べた。だが猫 が起きてきて鼠を追い掛け回す。そんな時、犬が訪ねてきた。犬 も食卓の肉を食べ、やはりベッドに入ろ␣とした。ところが先に いた猫と喧嘩になる。

「この家は犬の家じゃない␣」 「この家は猫の家じゃない␣」

 

そのとき、家主が帰ってきた。家主は料理が誰かに食べられたの を見て怒り、盗賊を懲らしめてやる、とい␣。だが、毛布をあけ てみるとベッドの中で猫と犬と鼠が仲良く眠っていた。家主は「 今夜は見逃してやろ␣」と一緒にベッドで温まることにした。

 

 

冬の夜の御伽噺だが、ベルゴンの人間性が感じられる作品である 。幻灯機の世界には光だけでなく、闇がある。この闇があること がこの芸術の大きな魅力になっている。

村上良太

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世界最小のサーカス団を率いる幻灯師ベルゴン

村上良太

 

バンサン・ベルゴン␣Vincent V ergone␣は幻灯機を使った見世物で評判のパリの人気アーチスト だ。幻灯機とは、中心にランプがあり、絵を描いたガラス板をそ の前に置くと壁に絵が投射される仕掛けだ。単に一枚の絵だけで なく、絵を次々と投射すればアニメーションにもなる。幻灯機は 映画の原型なのだ。

 

ベルゴンは幻灯機を使って短編映画を撮影したり、自作のオブジ ェを影絵として動かすライブパフォーマンスを行ったりする。彼 は彫刻家でもあり、オブジェ自体を作る才能もあるのだ。ベルゴ ンの不思議なオブジェと光と影の世界は一度見るとやみつきにな る。

 

百聞は一見にしかず。時間があるなら、ぜひこの␣分弱の短編’Da ns la plaine les baladins’を見てほしい。ベルゴンが一人で作り出したサーカスで ある。 http://vimeo.com/9617947

 

ブリキのおもちゃがサーカスの始まりを告げる太鼓を叩き出すと 、ベルゴンが口上を始める。

「よ␣こそお集まりの皆様。世界で一番小さなサーカスの幕開け です。まずはアシカのオルガです。」

 

ブリキのアシカがボールを鼻先で持ち上げながら、動き回る。 次はアジア象のバルトルディだ。象と言ってもベルゴンが薬罐を ひっくり返して作ったオブジェである。 「バルトルディ、数が数えられるかな、␣つまで␣」 すると象が␣回叫び声を上げる。さらに、彼の人形「妻」が出演 する虎の輪くぐりもある。

 

普段、彼はこ␣した見世物を町の小さなスペースを利用し、␣歳 くらいの子供とその親たちを集めて見せている。彼はこのプラキ シノスコープ␣Praxinoscope␣とい␣劇団の創設者だ。この劇団で は「文化を庭のよ␣に考える」。みんながやっている方法ではな く、忘れられたテクニックを蘇らせ、社会の周辺に生きる人々に 向けて␣␣年近く公演を行ってきたとい␣。文化は退屈しのぎでは なく、新しい生き方を拓くものであり、ともに文化を分かちあい

たいのだと言␣。

 

次の短篇‘Promenade en Mirabilia’.はこの劇団が子ども向けに行った取り組みの記録であ る。テントのよ␣な小さな空間に幼い子供達を連れた母親たちが 集まってくる。ベルゴンは中国の人形を巧に動かし、子供たちの 関心を引く。 http://vimeo.com/7126912

 

これはテレビのよ␣なマスの文化ではない。ともに時間と空間を 共有し、楽しさを分かち合␣のである。様々な人種が文化を分か ち合␣理想もそこにある。こ␣した子どもを対象にした活動には ベルゴンの過去が関係していたことを知った。

「僕はとてもつらい子供時代を送りました。話せば長くなるので すが、いつも家から逃げ出したいとい␣強い願望を持っていまし た。ですから大人から虐待されている子どもを見るとシンパシー を感じてしま␣のです。僕自身␣␣歳の時、父親の元から逃げ出し ました。」

 

暗い少年時代を持つベルゴンは、その後、中国絵画を学ぼ␣とパ リの東洋語学校に入学した。しかし、中国語の勉強の途中で彫刻 に関心が移り、美術学校に転じた。卒業後、パリのギャラリーで 働くよ␣になったが、一部のエリートにしかわからない彫刻より 、もっと人々に寄り添ったことをやりたいと思␣よ␣になったと い␣。ベルゴンが新たに始めたのは人形劇だった。

 

こ␣したベルゴンの人生行路は後に彼の多様な表現力のもとにな ったのだろ␣。ちなみにベルゴンの妻は詩人のCamille Loivierである。彼女は中国語の専門家でもあり、翻訳も多数出し ている。また「␣いき␣の構造」を書いた哲学者・九鬼周造の研 究家でもある。彼は妻を通して垣間見た日本の美学に影響された とい␣。

 

最後にベルゴンが初期に作った短篇を紹介しよ␣。

「冬の光」とい␣␣␣分の作品である。これも幻灯機を使って撮影 された。

 

激しく吹雪く冬の夜、猫と鼠と犬がそれぞれ寒さに震え、空腹を 抱えながら原野をさまよっている。まず猫が␣軒の家を見つけた 。誰もいないらしい。入ってみると、暖炉の火が燃え、食卓には 夕食が皿に乗っていた。猫は誰もいないので思わず食べて、ベッ ドに入った。次にやってきた鼠も食卓のチーズを食べた。だが猫 が起きてきて鼠を追い掛け回す。そんな時、犬が訪ねてきた。犬 も食卓の肉を食べ、やはりベッドに入ろ␣とした。ところが先に いた猫と喧嘩になる。

「この家は犬の家じゃない␣」 「この家は猫の家じゃない␣」

 

そのとき、家主が帰ってきた。家主は料理が誰かに食べられたの

を見て怒り、盗賊を懲らしめてやる、とい␣。だが、毛布をあけ てみるとベッドの中で猫と犬と鼠が仲良く眠っていた。家主は「 今夜は見逃してやろ␣」と一緒にベッドで温まることにした。

 

冬の夜の御伽噺だが、ベルゴンの人間性が感じられる作品である 。幻灯機の世界には光だけでなく、闇がある。この闇があること がこの芸術の大きな魅力になっている。

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